本作は、戦国末期から慶長初年にかけての日本を舞台に、キリシタン武将として知られる内藤如安の生涯と、その「記録者」としての姿に焦点を当てた歴史小説である。
天下統一へと向かう時代、信仰は政治と結びつき、やがて弾圧と沈黙を生んだ。伴天連追放令、踏み絵、潜伏、密航。表の歴史に残るのは命令と処罰だが、その背後には、声を奪われた人々の人生が無数にあった。
本作の如安は、剣を振るう英雄ではない。
彼が選んだのは、戦うことではなく「書き残すこと」だった。迫害の現場、人身売買の噂、信徒たちの証言、消されていく祈りの言葉。それらを正確に、静かに、未来へ託そうとする一人の人間として描かれていく。
史実として、如安がキリシタン迫害や南蛮貿易の闇に関わり、その告発が豊臣秀吉の政策転換に影響を与えた可能性は、今日も議論の対象である。本作は、その確定できない余白に物語を置き、史料に残らなかった声を文学として掬い上げる。
信仰とは何か。
沈黙は救いなのか。
記録は、誰のためにあるのか。
如安は問い続け、答えを出さぬまま、その火を次の者へと手渡していく。
これは殉教者の物語でも、英雄譚でもない。
声を奪われた時代に、「書くこと」を選んだ者たちの静かな継承の物語である。
