――1930年代、上海。月光と香りの下で、ふたりの時間は少しだけ巻き戻る。
夜の雨、香るネオン。
ふたりの影が重なるたび、時間が少し巻き戻る。
――言葉より先に、心が通じていた。
灯りに照らされた大講堂、黄金のアールデコ舞台。
オーケストラの調べに包まれ、林 静華(リン・ジンファ)が歌う。
ジャズとシャンソン、そして“時代曲”。
1930年代の上海は、東洋と西洋の夢が交錯した音楽都市だった。
彼女の代表曲「夜来香之梦」――愛と記憶をめぐる、幻の旋律。
その声が響くたび、物語の時計が静かに巻き戻る。
現代の長崎。立浪颯斗は、骨董市で一枚の古いレコードを見つける。
ラベルには「Dedicated to H. Hayato」と記され、終盤のノイズの奥では、
かすかな女の声が「……シャンワイチェー……」と囁いていた。
その瞬間、彼は1938年の上海へと引き寄せられ、
戦火の気配が迫るフランス租界の夜に立ち尽くす。